フラジェントル

YUKI&ASUKAによるリレー小説

フラジェントル

ここは月と星明りだけの世界。
人々は太陽の存在を知らない。そこに住む少女エマはひとつの不思議な力を持っていた。
それは人が嘘をついたときにその人の感情を表す花(フラジェントル)がみえるという力だった。
顔は笑っていてもフラジェントルが枯れていることを知っているエマは人々の上辺だけの付き合いにうんざりしていた。
そんなある日、エマは不思議な少年に出会う。

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最終話「星が歌う」

 いつものようにエマは買い物をしていた。
「りんご二つと、あと、ハーブもね」
「はいよ。いつもありがとな」
代金を払い、笑顔をみせるとエマは店を出て行った。それを見送ると店の主人は隣に立っている妻に話しかけた。
「なんだかなぁ。エマもよく笑うようになったもんだ」
「そうね。ずいぶんと感じがよくなったこと」
「もう年頃なんだしどこかへ嫁にいってもおかしくないだろう。言い寄る男はいくらでもいそうじゃないか」
「そうねぇ」

こういった噂がそこかしこで沸いていた。もとから悪い素材ではなかったのだが人との関わりに壁を張っていたエマは、周りの人からしてもとっつきにくかったのだ。ルテがいなくなって5年の月日が経っていた。年を追うごとに明るく親しみやすくなり、みるみる綺麗になる彼女を街の男が放っておくはずもなかった。
「エマ」
背の高い男が声をかけた。
「あ、こんにちは。あなたもお買い物?」
「いや…エマが見えたから追いかけてきたんだ」
「そうなの?何か用事かしら」
エマは微笑んで首をかしげた。男は顔を赤らめながら言った。
「あの!お、俺と…」
「あ!流れ星!」
エマは空を指差して声を張った。男は決意を折られたように少し肩を落として示す方に振り向いた。
「お話の続きはまた今度聞くわ!用事を思い出したの、またね」
「え、エマ!」
男が何かを言う暇もなく走っていってしまった。

エマは流れ星をみると、草原に行かずにはいられなかった。その度、胸が早鐘を打つ。しかし結果はいつも寂しさを膨らませて帰ってくるのだ。
今回もそうだ。エマは自分の鼓動がうるさくて、周りの音や声なんかちっとも聞こえなかった。
草原に着くと、息を切らせながら辺りを見渡した。そこには風で草が揺れる音しかなく、いつもと何も変わることはなかった。
「今日も違うかぁ…」
ふぅ、とため息をついてゆっくりと帰路についた。
小高い丘を下っているとエマは妙な胸騒ぎがして立ち止まった。自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたのだ。

目を細めると、丘の向こうに白銀の髪色をした青年が見える。

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エマは無意識に駆け出していた。どうやってそこまで走っていったのか後から考えても思い出せない。気づくと青年の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ルテなの。ここにいるの。夢じゃないのね」
「遅くなってごめん。許しをもらうのに時間がかかってしまった」
「許し?」
「リュヌを見守る使命をもらうために5年費やしたんだ」
「どういうこと…?」
「ここの人に混じって同じように暮らせるってこと」
「本当なの!?そんなに嬉しいことってないわ!あたしまだ夢をみているのかしら」
「本当だよ。フラジェントルが見えないだろう?」
相変わらず、屈託のない笑顔でルテは言った。
「ルテ、あたしね、もうフラジェントルが見えなくなってしまったの。ルテの花を見てから一度も見えないの。でも、信じることができるわ。心の底から」
「うん」
溶けてしまうくらいエマを抱きしめてルテは言った。

「エマ、ずっと一緒にいよう」
エマは、いつもの月がいっそう輝き星たちは歌うように瞬いて見えた。さっきまで何も変わってはいなかったのに、ルテの一言でこんなにも変わってしまう。ただ一人の人と一緒になるというのは、きっとこういうことなのだと感じていた。

そして、幸せに限りがないことも後々エマは確信することになるのだった。

 

 END

第21話 「葛藤」

帰り道、エマは見慣れた星空を見ながらあえてなにも考えないようにした。
ようやく家に着くと、気だるく重い足取りで自分の部屋へ向かった。
ベッドを見ると天窓から月明かりが差し込む部分にきらりと光るものが見えた。

「………!」

エマはベッドへ腰を掛け、その光るものを見ると目を見開き驚いた。
それはルテがいつも首から下げていた指輪に紐をつけたペンダントだった。
ペンダントを手にした途端、エマの脳裏にまるで映画を早送りして見ているかの様にすごい勢いでルテと過ごした今まで思い出が蘇ってきた。


「わ、ご、ごめんね怪我はない?!」
「僕の名前はルテ。君は?」
「夢じゃないよ?」
「また会えたね」
「あ、エマ。おはよう」
「うん。またね、エマ」
「そうなんだぁ!一緒だね、エマ」
「うん、おやすみエマ」
「エマ、太陽を知っている?」
「…うん。僕はソレイユという星から来たんだ」
「そうだね、明日もまたエマのお話たくさん聞かせてね?」
「ふふ…いいよ、たくさん話そう」
「空を飛べたらどんなに良いだろう。きっと気持ちが良いだろうね」
「エマ、ありがとう。元気でた」
「飛べるようになったら一番にエマを空に連れて行ってあげる」
「ねえエマ、この指輪エマに似合いそう!」
「ありがとう、僕、騙されるところだった」
「よかったね、エマ」
「……かわいい…エマ」
「……ソレイユにいたときの夢をみてたんだ」
「うん。エマのおかげだ」
「そんなことない。エマ、おいで。僕につかまって」
「恐がりだなぁ」
「エマ、ありがとう」
「エマ」

「また…会いにくるよ、必ず」

今までたった一人で人を信じることもできずに過ごしてきた。
繰り返しの毎日に流れ星に乗って突然現れたルテという存在。
いつのまにか当たり前になっていた存在。
一人では感じられなかったたくさんの感情を知ることができた。
二人で歩いた道、二人で座った草原、二人で過ごした日々…
当たり前だった場所や風景も全部が新しく、輝いて見えた。
目を閉じ、思い返すとエマにとってどれも大切で本当に愛しくてたまらない日々だった。
でも、もう目を開けても、手を伸ばしてもルテはいない。
エマの目から再び溢れ出た涙は止まらなかった。

「……胸が…苦しくて痛くて……………淋しいよ……ルテ…」

ペンダントを両手でぎゅっと握り胸に当ててエマは声をあげて泣いた。
涙が枯れてしまうんじゃないかと思うくらい、たくさん泣いた。
本当はずっとそばにいてほしかった。
いつまでも一緒に笑っていたかった。
溢れ出る涙を拭いながらそのまま横になり瞼を閉じた。
すると視界に広がる星のない夜空の様な真っ暗闇にふんわりと光を放つルテの姿が浮かびあがった。
ルテはゆっくり微笑むと何かを語りかけてきたが、聞きとる事はできずエマはそのまま眠りについてしまった。

 


「泣かないで、エマ……必ず会いにいくから…約束…」

 


天窓から注ぐ月明かりが顔にかかりエマはゆっくりと目を開けて体を起こした。
手の中にはルテのペンダントがしっかりと握られていた。

「……約束…ルテ、信じてる…」

ペンダントをゆっくりと首に掛けると、月の向こう側を見るように遠くを見つめた。

第20話 「またね」

 「話があるんだ」
いつものように草原で話していると、神妙な顔つきでルテが言った。エマは話の内容に予想がつかず、なぁに?と首をかしげた。

「今日ソレイユに帰る」

ルテは立ち上がって顔を伏せた。エマの顔を直視するのが恐かったのだ。
「まさか。ルテ、本当に?」
エマは胸を矢で突き刺されたような痛みがした。ルテの服の裾を掴む。この手を離してはいけないような気がして手に力をこめた。夢ならどうか早く覚めてほしかった。震えた声が少しかすれる。

「こんなに急に」
「ごめん…僕はエマからもらったものを何ひとつ返してあげれていないのに」
エマは半ば叫ぶように訴えた。
「あたしが何をあげたというの。もらってばかりなのはあたしの方なのに。ルテがいなきゃ知ることもなかったのよ。誰かの笑顔が見たい気持ちも、会いたいという切なさも。ルテが教えてくれたのよ。ルテが…」
こらえている涙が視界を埋めて、瞬きをすればすぐにでもあふれてしまいそうだった。
ルテは片手をエマの頬にあてた。
「それは僕も同じだ。闇があるから光が目立つように、人の弱さも強さと同じくらい尊いということを教えてくれた。それだけじゃなくても、君がいてくれて沢山の気持ちを感じることができた」
「どうしても行ってしまうの」
エマは目を伏せた。
「…僕たちソレイユの人間には使命があるから。星に水を巡らせ、緑を生やし、大地を育んで見守っていかなければいけない。そうしなければ星が死んでしまう」

「もう二度と会えないの…?」

その言葉を口にすると、今起こっていることが現実なのだという実感が湧き、エマはとうとう涙をこらえきれなくなった。一度流れ出した涙は、止まることを知らなかった。
ルテは鏡を見ているような気持ちでエマの顔を両手で包み、その手に涙を伝わせた。
「保証ができない。待っていてくれなんて言えない」
「嘘でも言ってほしいことはあるのよ」
「エマに待っていてほしくない。どうか僕のことは忘れて幸せに-」
まだそんなことを言い続けるなら次はひっぱたいてやろうと片手をあげようとした、その瞬間、エマは目を見開いた。

ルテのお腹にもやがかかり、フラジェントルが見えてきたからだ。

ルテに咲く花は真珠のように光る花びらをたわわにつけた、白く輝くバラだった。こんなに美しい花は見たことがないどころか、想像したこともなかった。

「…ルテ、もう無理よ」
エマはゆっくりと微笑んだ。

「だって、あたしたちはもう出会ってしまったもの。これをなかったことになんてできない。忘れることなんてできないわ。ううん、忘れなくていいの」
頬に触れているルテの手に、自分の手を重ねて目を閉じた。

「今日もあたしは『またね』と言うわ。会える日を待ってる」

「エマ」
ルテは小さくつぶやくと、精一杯の気持ちをこめて、強い力でエマを抱きしめた。加減を知らないほどきつく。エマは何も言わずにただ胸に顔をうずめた。月明かりのせいでできた二人の影がひとつになる。風の音しかしないこの場所で、小さく囁いた。
「会いたい…もう一度、エマに会いたい」
ルテはエマの顔をみつめた。

「また…会いにくるよ、必ず」

その言葉には力がこもっていた。エマは何も言わずにただ頷いた。赤ん坊のように大声で泣いてしまいたい気持ちだった。ルテはゆっくりとエマを離した。

6時発の青色特急が汽笛を鳴らして上を駆け抜けていく。
突然強い閃光が広がった。
つむっても瞼の裏が白くなるほどの熱い光だった。


目を開いた時には、もうルテの姿はどこにもなかった。

第19話 「現実」

ルテの翼は真っ白で、時折幼い頃に見た絵本にあった虹のように美しかった。
そしてエマをしっかりと支えて飛ぶルテの表情は凛としていて、今まで無邪気な笑顔をみせていたとは思えないほどに強くまっすぐな眼差しだった。
星屑列車の軌跡をなぞる様にスコルピウス駅、カシオペア駅を越えあっという間にエマの家に着いた。
ルテはゆっくりと降り立つとエマを自分の大きな翼で包み込んだ。

「エマ、ありがとう」

ルテは翼の中でエマの耳元にそっと呟くとエマは小さく首を横に振った。
その後ルテに少し身を寄せて瞼を閉じふわりと微笑んだ。
ルテも少し身を寄せると片方の手をエマの肩へ置き、もう片方の手で頭を自分へ寄せてゆっくりと髪を撫でた。
瞼を閉じた二人は愛しい気持ちで胸がいっぱいだった。

どれくらいこうしていただろう。
実際にはほんの数分だったが、とても長い時間に感じた。
また明日、いつもの台詞を言って二人は別れた。

エマは自分の部屋へ行きベットに横になった。
天窓から空を見上げながらゆっくりと瞼を閉じると今日の事を思い出していた。

「エマ、おいで」

そう微笑んで手を差し伸べてくれたルテ。
翼を得た姿は本当に綺麗でまるで天使のようだった。
でも、ルテの手は少し大きくてとても暖かかった。
ルテは確かに自分を呼んで、手を繋いで空を飛んだ。
暖かくて、優しくて…
いつまでも一緒にいたい、、エマは心からそう願った。
ルテ…ルテ……

エマはいつのまにか眠りについていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

月も動き日付が変わって鳥たちが目覚め始めた頃、ルテはまだ大きな翼をたたみ、小さくなって眠っていた。

「……テ…ルテ…」

どこかで自分を呼ぶ声がする。

「…ルテ……」

「…エマ……?」
ルテゆっくりと目を開けた。

 

「ルテ」

月明かりの逆光と大きな木の下で影になっていて顔は見えないが、すぐに誰だか分かるとルテはがばっと飛び起きた。

「…兄さん!」


「ルテ、ようやく翼を得たのだな」

ルテの兄、アージェントは口角をゆるく上げて微笑んで言った。
ルテは本当に嬉しそうににっこりと笑って答えた。

「うん!やっと…やっと生えたよ!」
「ああ、立派な翼だ…それになんて美しい色だろう」
「うん、きっとエマのおかげだ…」
「…そうか、良かったな、ルテ。これでお前も一人前だ」

その言葉にルテはやっとの思いでたどり着いた気持ちだった。
目の前の霧がすっかり晴れ、頂上へたどり着いた。
しかしルテのにっこりと笑った笑顔はだんだんと元へと戻っていった。

「…ルテ、どうした嬉しくないのか?」
「ううん…そうじゃないんだ……でも…」
「……そうだな」
「…僕は…本当に一人前になれたんだね」
「ああ、そうだ……わかっているな」
「………うん…わかってるよ、でも待って兄さん…
 …午後6時発の青色特急が発車するまで待ってほしいんだ」
「…いいだろう、ではその頃に迎えに来よう」
「うん、ありがとう」

ルテはアージェントをまっすぐに見つめて微笑んだ。
アージェントはゆっくりと頷くとふわっと風を作り、金色の翼を広げて星空へ消えていった。
ルテは再び座ってはアージェントの姿が見えなくなるまで目を細めて見送った。
込み上げる熱を抑えようと片の手を目元にあてて、どさっと横になった。

第18話 「星屑の湖」

ソレイユでは、太陽が輝き、光に満ちている。
この星の建物は白で統一されていて、中心には大きな神殿があった。ここの人々は翼が現れるとこの神殿で儀式を行い、使命をうける慣わしだった。
 年の近い友人が次々と神殿へ行く中、ルテは彼らの背中を見ることしかできなかった。早く自分もその中へ行きたかったが、どうすれば翼が現れるのか、皆目見当もつかない。
 ルテの一族は高貴な家柄であり、優秀な人物が多かった。眉目秀麗で賢い兄、アージェントを見て育ったルテは、彼を尊敬していた。
白い肌で腰まである金色の長い髪の毛に、透き通るような青い瞳のルテの兄は、どこから見ても美しく、年頃の女の子が騒ぐのも無理はなかった。顔立ちはルテもそっくりで、誰が見ても二人は兄弟だと頷けるものだったので、ルテも負けず劣らず騒がれていたのだが、当の本人は全く気づいていなかった。

青々とした木の上に寝そべっているアージェントに、ルテは下から見上げて声をかけた。
「兄さん、どうすれば翼が現れるの?」
アージェントは、ふわりと翼を広げると、音を立てずに地面に着地した。そして優しい口調で言った。
「なんだ、いきなり」
ルテは背の高い兄を見上げた。
「今日も、友達が神殿へ行ったんだ。僕も、早く神殿に行きたいんだよ。教えてよ兄さん、お願いだから」
アージェントは片眉を下げて少し困った顔をする。
「ルテ、あせってはだめだ。翼は教えられて現れるものではないんだよ」
「でも、じっと待っているだけなのが嫌なんだ。だめでも何かしていたいんだ」
少し黙ってから、ルテの頭をぽん、となでて言った。
「お前は優しくて思いやりがあるし、人によく好かれて人望もある。けれど、足りないものがひとつあるんだ」
「足りないもの…?」
「私のたったひとりの可愛い弟だ。望むことはできるかぎり叶えてあげたいと思う。だが、こればかりは自分で見つけるほかに道はないんだよ」

***

目を開けると隣にエマが座っていた。
「あ、やっと起きた。呼んでも全然起きないんだもの」
「……ソレイユにいたときの夢をみてたんだ」
「ルテの住んでいた星ね」
「僕、翼が現れなくて、兄さんに相談したことがあるんだ。その時、翼が現れないのは、僕に、ひとつ足りないものがあるからなんだと言われた」
「ルテに足りないもの?」
「うん。その時は一体何のことなのか少しも分からなかった。でも、今はなんとなく分かる気がするんだ。言葉にはできないのだけれど。…早く、空を飛べたらなぁ」
ルテはまた空をみつめた。

「…今日はね、ルテをいいところに連れて行ってあげる」
エマは立ち上がって、ルテの手を引いた。どこに?と聞いてもエマは内緒にして教えてくれなかった。夜空を走る列車に乗って、いつもより少し遠出をした。

着いたところは湖だった。
「ここはね、星屑の湖と呼ばれている、一番綺麗な湖なのよ」
エマは両手を広げてみせた。その名のとおり、水面が夜空の星を鏡のように映し出し、空がひっくり返っているように見えた。深さが20センチほどしかなく、エマはスカートの裾をまくって、湖の中をバシャバシャ歩いた。
「ルテ!はやくこっちに来て」
エマにつられて、ルテも湖の中を歩いた。

「ほら、みて。この水の中にいると周りが星だらけで、まるで空を飛んでいるみたいでしょう?」
足元を見ると水に映った夜空の星がきらきら輝いて宝石のようだった。
「本当だ。なんて綺麗なんだろう…」
ルテは景色に見惚れた。よかった、と彼女は笑った。微笑む姿はどこかぎこちなくて、愛らしかった。自分を励まそうとしてくれるエマが愛しくて、ルテの心はいっぱいになった。
「ありがとう。嬉しいよ、エマ」

その時、ルテの背中から白い光が湖全体に広がった。

エマは眩しくて目をつむった。
光がやんで、ゆっくり目をあけると、天にむかって広がる大きくて真っ白な翼をつけたルテがいた。さっきまで、水の中にいたはずなのに、ルテは水面から浮いていた。
「ルテ…!翼が!」
「うん。エマのおかげだ」
エマはあせって首を横に振った。
「そんな、あたし何もしてないわよ」
「そんなことない。エマ、おいで。僕につかまって」
ルテは飛んで、手を差し伸べた。恐る恐る手を掴んだエマを、ぐいとひっぱって、空へ登った。
「きゃあ!ルテ、高い!ゆ、ゆっくり飛んで」
怯えて、しがみつくエマを見て、ルテは笑った。
「恐がりだなぁ」
そう言って、少しだけ飛ぶ速さを弱めた。

水面に映る星ではなく、空に浮かぶ星に囲まれて、いつも下からみていた列車の上を通って家に帰った。

第17話 「aimable」

「じゃあまた明日ね?」
「うん、また明日」

いつものようにふたりは草原で別れた。
帰っていくエマの背中、時々振り向いて手を振る少しさみしそうなはにかんだような表情。
にっこりと笑って見送るルテの心はいつもきゅっと摘まれている様な感覚を覚えていた。
完全にエマの姿が見えなくなると、ルテは馴染みの場所にゆっくりと横になった。
見上げた空には代わり無く、一面の星屑と月。
時間通りに発車した青色特急はもう随分と先の方で湾曲の軌跡をきらきらと残して走って行ってしまった。

ルテは目を瞑り、いろいろなことを思い出していた。

(この星に来てからたくさんのことがあったな。
エマという女の子に出会い、たくさん話して、たくさん遊んで…。
僕が他の星から来たと言っても、翼の話をしても、翼を持たない僕を笑いもせずちゃんと受け入れてくれて励ましてくれた。
本当に嬉しかった…。
そして今日はとても大切な話をしてくれた。
うそをつくと見える花…心の一部を見ているようなものだ。
今までエマはどんな気持ちでそれを見ていたんだろう、しおれていたり枯れていたりしたときはとても寂しかっただろうな…。
エマの事だからきっと他の誰にも言ってないんだろう…。
これは僕とエマだけの秘密…誰にも言わないよ……。)

気づけばルテはスースーと寝息をたてていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日もエマはルテといつもの草原に来ていた。
なんだか空腹感を覚えるエマは右ポケットから懐中時計を出して時刻を確認すると午後1時を過ぎていた。

「ねえルテ、あたしお腹すいたわ」
「そうだね、そういえば僕も!」
「じゃあ商店街に行きましょう?今日は角のパン屋さんが新しいパンを売るって、さっきお母さんが言ってたの」
「うん!じゃあ買ってきて、またここで食べよう」

二人は上機嫌に商店街へ向かった。
パンやスープを買って草原へ戻る途中街の時計を見てなんとなく右ポケットを触った。

「あれ…?」
「ん、どうしたのエマ?」
「…ないの、懐中時計がないの!」

エマは青い顔をしてポケットや鞄を探すと慌てて商店街の方へ戻ろうとしたが、ルテがグっと肩を掴んで言った。

「待って、落ち着こうエマ。大丈夫、きっと見つかるから」
「…きっとパン屋さんだわ、お金を払ったときとかに…!!」
「ううん、僕は草原にあると思う…よく思い出してごらん?」

エマは行動を思い返しすように眉を少し歪ませるも、ハッと思い出しては目前の草原に走って行った。
ルテはふふ、と笑ってそのあとをゆっくりと追いかけて行った。

「…あった!ルテ、あったよ!…よかったぁ…。」
「よかったね、エマ」
「うん……ありがとう!」

ありがとう、エマはそう言って少し涙を浮かべて潤ませた瞳でルテをまっすぐに見つめ、まるで周り一面に花が咲いたようにふんわりと笑った。
ルテは思わず顔が熱くなり急いで目から下辺りを腕で隠すも、その笑顔に見惚れてしまい言葉を詰まらせた。

「ルテ…?」
「…ん…ああ…」
「どうしたの?」

ルテは顔を隠していた腕をおろすと、ふわりとエマ髪にふれた。
指先で髪を梳くようにゆっくりと撫でた。

「ル…テ…?」
「エマ…エマって言う言葉は僕の星では“愛らしい”とか“優しい”っていう意味なんだよ」
「そ、そうなの?なんだかあたしに合わなくってくすぐったいわ…ふふ」
「ううん、僕はぴったりだと思うよ。エマは本当に愛らしいよ…」

エマはトクと心臓が跳ねて止まらなくなりそうだった。
え、と返答しようとした時、髪を撫でていたルテの手がふわりとエマの後頭部へ回り、エマの顔はルテの肩口にぽふっとあたった。
エマは突然の事に胸の高鳴りを抑えられずも少しも嫌な気持ちは無かった。
ほんの少し触れるルテからも自分と同じくらい早い鼓動が聞こえるととても嬉しかった。
「……かわいい…エマ」
ルテはとても小さな声で何かを呟いた。
「…ルテ?」
エマは聞き取れずにルテの片腕の中で少し見上げると耳まで真っ赤にしているルテが見えた。
エマはなんだか嬉しくてふふ、と笑ってしまった。