第19話 「現実」
ルテの翼は真っ白で、時折幼い頃に見た絵本にあった虹のように美しかった。
そしてエマをしっかりと支えて飛ぶルテの表情は凛としていて、今まで無邪気な笑顔をみせていたとは思えないほどに強くまっすぐな眼差しだった。
星屑列車の軌跡をなぞる様にスコルピウス駅、カシオペア駅を越えあっという間にエマの家に着いた。
ルテはゆっくりと降り立つとエマを自分の大きな翼で包み込んだ。
「エマ、ありがとう」
ルテは翼の中でエマの耳元にそっと呟くとエマは小さく首を横に振った。
その後ルテに少し身を寄せて瞼を閉じふわりと微笑んだ。
ルテも少し身を寄せると片方の手をエマの肩へ置き、もう片方の手で頭を自分へ寄せてゆっくりと髪を撫でた。
瞼を閉じた二人は愛しい気持ちで胸がいっぱいだった。
どれくらいこうしていただろう。
実際にはほんの数分だったが、とても長い時間に感じた。
また明日、いつもの台詞を言って二人は別れた。
エマは自分の部屋へ行きベットに横になった。
天窓から空を見上げながらゆっくりと瞼を閉じると今日の事を思い出していた。
「エマ、おいで」
そう微笑んで手を差し伸べてくれたルテ。
翼を得た姿は本当に綺麗でまるで天使のようだった。
でも、ルテの手は少し大きくてとても暖かかった。
ルテは確かに自分を呼んで、手を繋いで空を飛んだ。
暖かくて、優しくて…
いつまでも一緒にいたい、、エマは心からそう願った。
ルテ…ルテ……
エマはいつのまにか眠りについていた。
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月も動き日付が変わって鳥たちが目覚め始めた頃、ルテはまだ大きな翼をたたみ、小さくなって眠っていた。
「……テ…ルテ…」
どこかで自分を呼ぶ声がする。
「…ルテ……」
「…エマ……?」
ルテゆっくりと目を開けた。
「ルテ」
月明かりの逆光と大きな木の下で影になっていて顔は見えないが、すぐに誰だか分かるとルテはがばっと飛び起きた。
「…兄さん!」
「ルテ、ようやく翼を得たのだな」
ルテの兄、アージェントは口角をゆるく上げて微笑んで言った。
ルテは本当に嬉しそうににっこりと笑って答えた。
「うん!やっと…やっと生えたよ!」
「ああ、立派な翼だ…それになんて美しい色だろう」
「うん、きっとエマのおかげだ…」
「…そうか、良かったな、ルテ。これでお前も一人前だ」
その言葉にルテはやっとの思いでたどり着いた気持ちだった。
目の前の霧がすっかり晴れ、頂上へたどり着いた。
しかしルテのにっこりと笑った笑顔はだんだんと元へと戻っていった。
「…ルテ、どうした嬉しくないのか?」
「ううん…そうじゃないんだ……でも…」
「……そうだな」
「…僕は…本当に一人前になれたんだね」
「ああ、そうだ……わかっているな」
「………うん…わかってるよ、でも待って兄さん…
…午後6時発の青色特急が発車するまで待ってほしいんだ」
「…いいだろう、ではその頃に迎えに来よう」
「うん、ありがとう」
ルテはアージェントをまっすぐに見つめて微笑んだ。
アージェントはゆっくりと頷くとふわっと風を作り、金色の翼を広げて星空へ消えていった。
ルテは再び座ってはアージェントの姿が見えなくなるまで目を細めて見送った。
込み上げる熱を抑えようと片の手を目元にあてて、どさっと横になった。