フラジェントル

YUKI&ASUKAによるリレー小説

第20話 「またね」

 「話があるんだ」
いつものように草原で話していると、神妙な顔つきでルテが言った。エマは話の内容に予想がつかず、なぁに?と首をかしげた。

「今日ソレイユに帰る」

ルテは立ち上がって顔を伏せた。エマの顔を直視するのが恐かったのだ。
「まさか。ルテ、本当に?」
エマは胸を矢で突き刺されたような痛みがした。ルテの服の裾を掴む。この手を離してはいけないような気がして手に力をこめた。夢ならどうか早く覚めてほしかった。震えた声が少しかすれる。

「こんなに急に」
「ごめん…僕はエマからもらったものを何ひとつ返してあげれていないのに」
エマは半ば叫ぶように訴えた。
「あたしが何をあげたというの。もらってばかりなのはあたしの方なのに。ルテがいなきゃ知ることもなかったのよ。誰かの笑顔が見たい気持ちも、会いたいという切なさも。ルテが教えてくれたのよ。ルテが…」
こらえている涙が視界を埋めて、瞬きをすればすぐにでもあふれてしまいそうだった。
ルテは片手をエマの頬にあてた。
「それは僕も同じだ。闇があるから光が目立つように、人の弱さも強さと同じくらい尊いということを教えてくれた。それだけじゃなくても、君がいてくれて沢山の気持ちを感じることができた」
「どうしても行ってしまうの」
エマは目を伏せた。
「…僕たちソレイユの人間には使命があるから。星に水を巡らせ、緑を生やし、大地を育んで見守っていかなければいけない。そうしなければ星が死んでしまう」

「もう二度と会えないの…?」

その言葉を口にすると、今起こっていることが現実なのだという実感が湧き、エマはとうとう涙をこらえきれなくなった。一度流れ出した涙は、止まることを知らなかった。
ルテは鏡を見ているような気持ちでエマの顔を両手で包み、その手に涙を伝わせた。
「保証ができない。待っていてくれなんて言えない」
「嘘でも言ってほしいことはあるのよ」
「エマに待っていてほしくない。どうか僕のことは忘れて幸せに-」
まだそんなことを言い続けるなら次はひっぱたいてやろうと片手をあげようとした、その瞬間、エマは目を見開いた。

ルテのお腹にもやがかかり、フラジェントルが見えてきたからだ。

ルテに咲く花は真珠のように光る花びらをたわわにつけた、白く輝くバラだった。こんなに美しい花は見たことがないどころか、想像したこともなかった。

「…ルテ、もう無理よ」
エマはゆっくりと微笑んだ。

「だって、あたしたちはもう出会ってしまったもの。これをなかったことになんてできない。忘れることなんてできないわ。ううん、忘れなくていいの」
頬に触れているルテの手に、自分の手を重ねて目を閉じた。

「今日もあたしは『またね』と言うわ。会える日を待ってる」

「エマ」
ルテは小さくつぶやくと、精一杯の気持ちをこめて、強い力でエマを抱きしめた。加減を知らないほどきつく。エマは何も言わずにただ胸に顔をうずめた。月明かりのせいでできた二人の影がひとつになる。風の音しかしないこの場所で、小さく囁いた。
「会いたい…もう一度、エマに会いたい」
ルテはエマの顔をみつめた。

「また…会いにくるよ、必ず」

その言葉には力がこもっていた。エマは何も言わずにただ頷いた。赤ん坊のように大声で泣いてしまいたい気持ちだった。ルテはゆっくりとエマを離した。

6時発の青色特急が汽笛を鳴らして上を駆け抜けていく。
突然強い閃光が広がった。
つむっても瞼の裏が白くなるほどの熱い光だった。


目を開いた時には、もうルテの姿はどこにもなかった。