フラジェントル

YUKI&ASUKAによるリレー小説

第18話 「星屑の湖」

ソレイユでは、太陽が輝き、光に満ちている。
この星の建物は白で統一されていて、中心には大きな神殿があった。ここの人々は翼が現れるとこの神殿で儀式を行い、使命をうける慣わしだった。
 年の近い友人が次々と神殿へ行く中、ルテは彼らの背中を見ることしかできなかった。早く自分もその中へ行きたかったが、どうすれば翼が現れるのか、皆目見当もつかない。
 ルテの一族は高貴な家柄であり、優秀な人物が多かった。眉目秀麗で賢い兄、アージェントを見て育ったルテは、彼を尊敬していた。
白い肌で腰まである金色の長い髪の毛に、透き通るような青い瞳のルテの兄は、どこから見ても美しく、年頃の女の子が騒ぐのも無理はなかった。顔立ちはルテもそっくりで、誰が見ても二人は兄弟だと頷けるものだったので、ルテも負けず劣らず騒がれていたのだが、当の本人は全く気づいていなかった。

青々とした木の上に寝そべっているアージェントに、ルテは下から見上げて声をかけた。
「兄さん、どうすれば翼が現れるの?」
アージェントは、ふわりと翼を広げると、音を立てずに地面に着地した。そして優しい口調で言った。
「なんだ、いきなり」
ルテは背の高い兄を見上げた。
「今日も、友達が神殿へ行ったんだ。僕も、早く神殿に行きたいんだよ。教えてよ兄さん、お願いだから」
アージェントは片眉を下げて少し困った顔をする。
「ルテ、あせってはだめだ。翼は教えられて現れるものではないんだよ」
「でも、じっと待っているだけなのが嫌なんだ。だめでも何かしていたいんだ」
少し黙ってから、ルテの頭をぽん、となでて言った。
「お前は優しくて思いやりがあるし、人によく好かれて人望もある。けれど、足りないものがひとつあるんだ」
「足りないもの…?」
「私のたったひとりの可愛い弟だ。望むことはできるかぎり叶えてあげたいと思う。だが、こればかりは自分で見つけるほかに道はないんだよ」

***

目を開けると隣にエマが座っていた。
「あ、やっと起きた。呼んでも全然起きないんだもの」
「……ソレイユにいたときの夢をみてたんだ」
「ルテの住んでいた星ね」
「僕、翼が現れなくて、兄さんに相談したことがあるんだ。その時、翼が現れないのは、僕に、ひとつ足りないものがあるからなんだと言われた」
「ルテに足りないもの?」
「うん。その時は一体何のことなのか少しも分からなかった。でも、今はなんとなく分かる気がするんだ。言葉にはできないのだけれど。…早く、空を飛べたらなぁ」
ルテはまた空をみつめた。

「…今日はね、ルテをいいところに連れて行ってあげる」
エマは立ち上がって、ルテの手を引いた。どこに?と聞いてもエマは内緒にして教えてくれなかった。夜空を走る列車に乗って、いつもより少し遠出をした。

着いたところは湖だった。
「ここはね、星屑の湖と呼ばれている、一番綺麗な湖なのよ」
エマは両手を広げてみせた。その名のとおり、水面が夜空の星を鏡のように映し出し、空がひっくり返っているように見えた。深さが20センチほどしかなく、エマはスカートの裾をまくって、湖の中をバシャバシャ歩いた。
「ルテ!はやくこっちに来て」
エマにつられて、ルテも湖の中を歩いた。

「ほら、みて。この水の中にいると周りが星だらけで、まるで空を飛んでいるみたいでしょう?」
足元を見ると水に映った夜空の星がきらきら輝いて宝石のようだった。
「本当だ。なんて綺麗なんだろう…」
ルテは景色に見惚れた。よかった、と彼女は笑った。微笑む姿はどこかぎこちなくて、愛らしかった。自分を励まそうとしてくれるエマが愛しくて、ルテの心はいっぱいになった。
「ありがとう。嬉しいよ、エマ」

その時、ルテの背中から白い光が湖全体に広がった。

エマは眩しくて目をつむった。
光がやんで、ゆっくり目をあけると、天にむかって広がる大きくて真っ白な翼をつけたルテがいた。さっきまで、水の中にいたはずなのに、ルテは水面から浮いていた。
「ルテ…!翼が!」
「うん。エマのおかげだ」
エマはあせって首を横に振った。
「そんな、あたし何もしてないわよ」
「そんなことない。エマ、おいで。僕につかまって」
ルテは飛んで、手を差し伸べた。恐る恐る手を掴んだエマを、ぐいとひっぱって、空へ登った。
「きゃあ!ルテ、高い!ゆ、ゆっくり飛んで」
怯えて、しがみつくエマを見て、ルテは笑った。
「恐がりだなぁ」
そう言って、少しだけ飛ぶ速さを弱めた。

水面に映る星ではなく、空に浮かぶ星に囲まれて、いつも下からみていた列車の上を通って家に帰った。