フラジェントル

YUKI&ASUKAによるリレー小説

第16話 「ひみつ」

 店と店の間の細い路地に、二人の人がうずくまって座っている。一人は子供で、見たところ親子のようだ。裾が破けたズボンを穿き、ぼろの布切れをまとっている。母親と見える人が、しゃがれた声で話しかけてきた。

「そこのお方、聞いてください。私たちは何日もろくに食事をしていないのです。家もなく寒さで凍えてしまいます。どうか、お恵みを…」
彼女は両手を差し伸べて、ルテの顔を見つめた。子供のほうは、母親の後ろに隠れ、同じようにしてこちらをじっと見ている。
「大変だ。さぞお困りでしょう。何か、あげられるものは…」
ルテはあわててポケットの中を探った。


「ルテ、待って。あげなくていい」
エマがルテの後ろから言った。

「そんな…なんて情けのない人なのでしょう。このままでは私たちは飢えで死んでしまいます」
彼女は子供を抱きかかえ、声を震わせた。エマは彼女を睨んだ。
「エマ、どうしたの?なんだか変だよ」
ルテはエマの顔を覗き込んだ。
「この人、嘘ついてるのよ」
「え?嘘?」
「まぁ、そんな、嘘だなんて」
ぼろの布で口を隠して彼女は驚いた顔をした。
「食べ物に困ってないわ。そうやってわざとみすぼらしい格好をして、飢えている演技で人を騙して金品を集めてるのよ。それに、家もちゃんとある。あたし、知ってるもの。この人の家」
エマは、はっきりとした口調で言った。
「な、なんて失礼な子!」
そう言い捨てると、親子は路地の奥へ逃げるように消えていった。

「すごいよエマ!あの人の家みたことあったんだ」
「家なんか知らないわよ」
ルテはさらに驚いた。
「知らなかったの!?ハッタリがよく当たったね」
「うん。でも嘘だって分かってたから」
「嘘がわかってた?」
「…うん」
「それはどうして?」
エマは一瞬ためらうように目を伏せたが、すぐに向き直った。ゆっくり歩きながら話し始めた。

「…花がね、見えるの」

「花?」
ルテにとっては意外な返答だった。
「お腹の辺りに、もやがかかったようにね。人が嘘をつくと見えるの」
エマは一語づつ確かめるように言葉を続けた。
「花はその人の感情や、性格そのものよ。相手のためを思ってつく嘘の時は、花は綺麗に咲いている。でも、自分の欲のためや、相手を陥れるためにつく嘘の時、花はしおれて枯れるの」

人々の活気で商店街はうるさかった。けれど、ルテはエマの言葉に真剣に耳を傾けた。

「花の名前はフラジェントル。あたしが勝手にそう呼んでいるだけだけれど。…まだ、綺麗に咲いているフラジェントルを見たことがない。どれもこれもしおれてたり、花びらが全部散っていたり…」
「さっきの人も、花が見えたんだね?」
「うん。枯れて、今にも折れそうだった。きっと欲に吸いとられたんだわ」
「ありがとう、僕、騙されるところだった」
「だから言ったじゃない」
ルテはこれからは気をつけるよ、と言ってにっこり笑った。

エマは秘密を共有することが嬉しいような不安なような気持ちだった。
そろそろ6時だ。合図の青色特急が草原の上を走っていくのが見えた。