フラジェントル

YUKI&ASUKAによるリレー小説

第9話「鼻歌」

エマはまるて不意に灯った頬の熱を冷ますかのように夜風を切って走っていた。
(なに赤くなってんだろ…)

バタン

家に着くと包丁のトントンというリズムを刻み上機嫌に鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしている母がいた。

「…ただいま……」
「あらおかえりなさい、今日は早いのね?…それにどうしたの?そんなに息を切らせて」
「…べつに……それよりお母さんなんか機嫌いいね」
「ふふ、わかる?今日商店街でとってもいい子に会ったのよ」
「いい子…?」
「男の子なんだけど、その男の子がすれ違いざまに落とし物をしたからお母さん拾ってあげたの!」
「…それで?」
「そしたらにっこり笑ってお礼を言いながら僕のお母さんに似てるって、僕のお母さんもとっても綺麗なんだ!だって、うふふ!」

そう言いながら嬉しそうに笑う母に少し呆れた様なため息をつくとエマは自分の部屋へ向かおうと階段に差し掛かった。

「それにしても綺麗な男の子だったわ…それにただ落とし物を拾ってあげただけなのにあんなに素直にお礼を言える子は最近では珍しい気がするわ」

エマはハッとした。
自分が最近知り合った少年と共通点がありすぎるからだ。
(…もしかして…。)

「…その男の子の髪は星みたいに綺麗な白い色だった…?」
「そうそう!珍しい色よね~…あら?エマのおともだち?」
「……知り合い」
「あら!なら明日にでもおうちに呼びなさいよ?一緒に夕飯でも食べましょうって!」
「え!?ちょっとそんなのあたしイ…!!」
「うふふ!明日はなにを作ろうかしら!」


エマの反論もむなしく母はまた鼻歌を歌いだした。
それにしてもこんなにはしゃぐ母をみたのはいつぶりだろうか。
エマは複雑な気持ちのまま自分の部屋へ向かった。

第8話 「エマとルテ」

エマは怪訝な顔をした。
こちらの機嫌は気にとめる様子もなく、常にルテは無邪気だった。
「この街の人は皆いい人だね」

その言葉を聞いて、疑うようにさらに眉をしかめた。
「そんなの上っ面だけよ。まさかあなた信じてたの?」
「え?街の人はみんな優しくしてくれたよ」
エマはため息をついた。
「だからそんなの本気で優しくしてるわけないじゃない。みんな見返りを求めたり自分をよく見せようとしてやってるだけよ」
「そうかなぁ。でも優しくしてもらって僕は嬉しくなったからいいや」
「脳天気…そのうち騙されるわよ」
「あはは、そうかもね。心配してくれてありがとう、エマ」
「べ、別にあなたの心配をしたわけじゃ…」

フラジェントルが見えなかった。エマは頬が少し熱くなるのがわかった。
その時、午後6時発の青色特急が汽笛を鳴らして空を走っていった。

「じゃ、じゃあ、あたし、帰るから」
エマは少し助けられた気持ちになって、いきおいよく立ち上がった。

「うん。またね、エマ」
ルテは笑顔で手を振った。

第7話 「再会」

エマはいつもの草原へ向かい歩いていた。
ザクザクと草を踏みながら頭は反対にいつもとは違うことを考えていた。
(ルテ……だっけ…あの人も夢の中ではこの草原に…)
手前から大きな木の姿が見えてくると、どことなく歩みを遅らせていた。
(もしかしたら…)
トクトクといつもより騒がしく鳴る胸に手をあてて木の元へ向かい、ゆっくりと辺りを見回したがそこには誰も居なかった。
「………やっぱ夢か…」
どこか残念な声色で呟くと、木の下の所定の場所にどさっと身を投げては寝転がって空を見上げた。
木の葉が夜風に揺れる音と夜空にきらきらと軌跡を残して走る列車の汽笛を聴きながらゆっくりと瞼を下ろそうとした瞬間…

「夢じゃないよ?」

閉じかけのエマの茶色い眸に不意に入り込んだのは、星色の髪を揺らしにっこりと笑うルテだった。
「きゃあぁああああ!な、と、突然出てこないでよ!!」
「ごめんね?反対側にいたのに全然気づいてないみたいだったからさ」
エマは突然の出来事に思わず大声を上げて飛び起きた。
ルテはふふ、と笑ってエマの横に座ると、エマはすっと間を開けた。

「また会えたね」
「…そうね、2回目ね」
「ちがうよ、3回目…でしょ?」

ルテの言葉にエマは心の中でほわほわと考えていたことが形になった気がした。

「じゃあ…本当に昨日のは夢じゃなかったの…?」
「うん、夢じゃないよ」
「でも…あなた確かに流れ星が落ちた所から……!!」

エマが少し慌てて尋ねるとルテは口元に弧を描いた微笑みを浮かべながら夜空を見上げた。

「…ねえエマ、本当にここはずっと夜なの?」
エマは自分の質問をはぐらかされたかと思うとムッとした表情をするも、ルテの質問が予想外であったせいか反論する間もなく「え?」と声をおとした。
「それにあの大きな月も星も夜空を走る列車も…本当に綺麗だね……」
詩人の様に夜空に浮かぶ物や様子を綺麗だと淡々と告げるルテのお腹にフラジェントルはみえなかった。
(嘘はついてない…本当に夜空を綺麗だって思ってる…。
それに…こんな容姿の人初めてみた…きっとルテはこの町の人じゃないんだろうな)
そんなことを脳裏で考えながらエマは答えた。

「…そんなのあたりまえでしょ?世界は夜しかないんだから。」

第6話 「現」

 「はい、これで全部だよね」
差し出された果物を受け取りながら少女は初めて少年の顔を見た。

少女は目を見開き、驚いた表情をした。
「あなたは…」
彼は満面の笑顔をむけた。
「僕の名前はルテ。君は?」

少女はルテから目をそらすと、黙って歩いていってしまった。
「あ、待ってよー」
ルテは後を追った。
「ねぇ、君の名前はなんていうの?」
「…」
「…」
「…」

「…僕の名前は」
「聞こえてるから」
「あ、やっと口きいてくれた」
ルテはまたにこっと笑う。少女は立ち止まった。
「…エマ」
「え?」
「私の名前。」

エマは冷ややかな目を向けて言い放った。
「もうついてこないでくれる?迷惑だから。」

大きく振り返ってエマは人ごみに消えていった。
「あ、いっちゃった」
小さくなるエマを見ながらルテはつぶやいた。
「エマかぁ。僕はすごい幸運の持ち主かもしれないな。昨日会った女の子にまた偶然会っちゃうなんて!」
***

エマは早足で帰った。
普段あまり感情に変化がない自分が動揺していることに驚いた。そして落ち着くための対処法も分からない。
はたから見れば、動揺している風には見えないのだが。

(あれは夢ではなかったの?あの人は…空から来たの…?)


(まさか…ね。)
エマは食材を母親に渡し、草原に行くと言ってまた家をでた。

第5話 「Lune」

・・・・・・・・・・
目をあけると空はまだ夜だった。
着陸した大きな木がある草原でいつの間にか眠ってしまっていた少年は一面星ばかりの美しい夜空を眺めながら考えていた。

(ずいぶん眠っていたのに…まだ夜だ…。
あの大きな月……ということはここが学校の本に載っていた夜の星、リュヌ…?
あぁ、僕は本当に外の世界へ着くことができたんだ…。)

ゆっくり起き上がり目先の景色をみると、この草原の丘を少し越えた先に温かい色の光が集まる街の様なものが見えた。
少年はそこにたくさんの人々が居るのかと思うと途端に嬉しくなったのか元気よく立ち上がりザクザクと草を踏み足早に走り出した。

賑やかな声に誘われるように入口をまたぐアーチをくぐり抜けると、そこには3階建てくらいの柔らかい色使いで塗られた建物が並ぶ商店街に着いた。
建物の1階はほとんどが出店で野菜や果物を売る店や花屋のようなたくさんの店が並び、2階から3階にかけては向かいの建物との間にロープの様な紐を垂らしそこに洗濯物や赤や黄色のカラフルな布切れをかけてある様子から1階より上は居住スペースになっているようだった。
(わぁ…きれいな街……)
少年が街を眺めていると不意に視界に影ができ、ふわりと髪に触れる感触に少し驚いた表情を浮かべ影の方を見ると背の高い男性が立っていた。
「おや、驚かせたかい?君の髪に葉っぱがついてたのが気になってさ」
「わ、ありがとうございます…!」
少年が慌てて礼を言うと男性はいいよ、と言ってニコと笑い片手で合図しては行き交う人ごみに消えて行った。
男性の背中に会釈をして見送ると気づけば少年の心は嬉しい気持ちで満たされていた。
その後も一歩あるけば立ち並ぶ店の店員や遊んでいる子供達に声を掛けられた。
(この星の人はみんな明るくて親切な人ばかりだなぁ…)
そんな事を思いながら星屑の夜空を見上げていると

ドン!

目の前には買い物を済ませたと思われる袋が破け、果物などの食材がゴロゴロと転がってしまい、その場に転んでしまった少女がいた。
少年は慌てふためきとりあえず座り込む少女に声をかけた。
「わ、ご、ごめんね怪我はない?!」
「……別に平気…それより…買ったやつ…」
「え、あ!ごめん!」
少年は少女の言葉を聞くと再び慌てて辺りを見渡すと急いで転がった食材を拾い集めた。

第4話 「流れ星」

母に父親のことをだずねると決まってこうだ。
「お父さんはとても優しくて素晴らしい人だったのよ」
その話をする時、母のお腹に霧がまかれたようにフラジェントルが浮かび上がる。すべて作り話なのだ。そうであってほしかったという母の願望にすぎないのだ。
エマは、黙って母の嘘を聞くしかなかった。
母のフラジェントルは枯れてないものの、いつも疲れたように首をもたげていた。

(やっと今日が終わる…)

*****
街が静まりついた頃、エマはまだ眠れずにいた。窓辺わきの椅子にこしかけ外をぼんやりと眺めた。空はさっきから何も変わっていない。
ふいに、一筋の星が流れた。
「あ、流れ星」
エマが思わず口にした瞬間、星は草原の方向に落ちた。
小さく閃光が走ったが、すぐ落ち着きを取り戻した。エマは自分の目を疑った。まさか星が地上に落ちるなんて。

母にばれないように窓から抜け出し、草原まで走った。

そこに着くと、特に変わった様子はなかった。風が草を揺らし、髪をなびいた。
エマは辺りを見回した。草原には一本だけ太くて大きな木がある。その木の根元に白い光がぼんやりと見えた。エマの立っている位置から少し離れていたので目を細めて見つめた。
(人だ。人が立ってる。白く光って…男の子?)

その時、白く光っている少年が振り向いた。エマは硬直した。
少年は星のような明るい笑顔をみせると草原の向こうに消えていった。


はっと気づくとエマは自分のベットの中にいた。
(夢…?それにしては妙にリアル…)
顔を洗いながら思う。確かに私は草原にいたはずなんだ。

もう街は賑わっていた。エマは母におつかいを頼まれ、商店街へけだるげに歩いていった。

第3話 「写真」

階段を降りていくと、ぼんやりと注ぐ白熱灯の温かい光と夕飯の香りに包まれたいつもの食卓へと着いた。
パンやスープが並べられている食卓から改めて周りを見渡すと、室内は母親の趣味で飾られた家具や色付きガラスの空きビンや観葉植物の土に星型やハート型の飾りを刺したものなどたくさんの小物にあふれ、お世辞にも整頓されているとはいえない。
揃えられた家具や小物のデザインはどれもピンクや黄色などの色合いをした可愛らしいものばかりで、エマの趣味とは合わないものばかりだった。
小ぶりのサイドボードの上に置かれた家族の写真はエマの小さい頃のものやエマと母親が写っているものばかりで、そこに一枚だけあるエマには覚えのない父親の写真にはたくさんのシワがよっていた。
そうこう考えているうちに支度を終えた母親も席に着き食事を始めた。

・・・・・・・・・・

「エマ、今日は何をして過ごしていたの?」
「いつもとおなじ」
「そう…エマは本当にあの草原が好きね」
「…うん」

二人の会話はあまり弾むこともなく、カチャカチャと食事をする音や食後に飲む紅茶を淹れるための二人分のお湯をいれたポットが湯気を出す音ばかりが部屋に響いた。

「ごちそうさま」

エマは自分の使った食器を流しへさげると重い足取りで自分の部屋へと戻った。
部屋に着けばまたベットに体を投げ、そのまま電気は点けずに天窓から注ぐ月明かりの下で寝転がるのが好きだった。
数えきれない星屑を眺めながら先ほど見た家族の写真を思い出し、母親のことを考え始めた。